旧国道のけやき並木と甲子園筋のプラタナス並木の交差点。北東に建つ煉瓦造りのビルの2階に『江河歯科医院』はあります。
ひと目でこの環境を気に入って、昭和63年の秋に開業。その時から、襟のあるシャツに紺のベストが江河住夫先生のトレードマークです。
大学卒業後、1ヶ月ほど視察に出かけたアメリカとカナダの歯科医療の現場では歯科医がシャツにネクタイというスタイルだったそうで「確かに白衣だと威圧感、恐怖心を与えるなぁ。僕が開業する時には白衣はやめようと思った」のがきっかけだそう。
また、その場しのぎの治療が主流で、痛みをとるためにすぐに歯を抜いていた当時の日本と違い、向こうでは歯を一生保たすことを目標にした治療計画がもはやシステム化していて。
深く感銘した江河先生は「僕も計画的に治療をしたいと思ったので、急患以外は完全予約制にしました」。
それから30年余りの年月が流れた今、長年の努力の甲斐あって、患者さんの中には80代で28本も歯が残っている方もいらっしゃるそう。「先生のおかげで今も自分の歯でおいしいご飯が食べられます」と、患者さんに言ってもらえるのが何より嬉しいと微笑む先生。
ところがすべての患者さんが、年齢を重ねても元気に通院してくれるというわけにもいかず、足腰が弱くなったり、寝たきりになったり…。
そこで今では週2日ほど、往診に当てているといいます。
「往診を始めたのは10年ほど前です。学生時代のクラブの先輩から、その方が長く担当していた老人施設の往診の引き継ぎを依頼されたのがきっかけです。実際、行ってみるとさまざまな問題を抱えた方がいらして、これは大役だと責任の重さを感じましたね」と江河先生。
手が不自由で、歯磨きができない人もいれば、歯槽膿漏がすすんでしまってる人もいる…。入れ歯もケアが必要だそうで、歯茎がやせたりすると調整しなきゃ、噛めないのだとか。
「最初は不審がられ、口も開けてくれなかった人が、定期的に通っているうちに、心を開き、口も開けてくれるようになったりした時に、嬉しいですねぇ。そして口腔ケアをし始めると、すぐに変化が出るんです。歯槽膿漏の出血が止まったり、口臭が減ったり。再び食欲が沸いたなど言ってもらえたりして…」
当人だけでなく家族の方にも喜ばれ、とてもやりがいがあるようです。
往診スタイルは、ドラマに出て来るように黒いがま口カバンを想像しましたが、そうでなく残念。実際は大きな箱を二個抱えるような感じでした。
「以前は不可能だったレントゲンも、今では持ち運べるものが出まして。往診用に特注しました」と、自慢のレントゲンを見せてくれました。
確かにポータブルですが、重さはずっしり。往診は体力勝負のようでして…先生自ら健康管理と体力維持のための努力も惜しみません。
学生時代にやっていたラグビーは体力的に無理だそうですが、時間があればプールで1.8km泳ぎ、体力維持につとめています。
「たくさんの方の口を見てきて、つくづく人生のバックボーンは、口に集約されているなぁと思います」とおっしゃるので、先生の口の中が気になるところ…
「さすがに自分の口は治療できないので、友達の歯科医に診てもらいます」と。身を以て80歳で自分の歯を20本残す目標を実現しようとしていらっしゃいます。