オープン前の仕込み時間に無理言ってお邪魔。オーナー・倉川知清さんはちょうど炭おこしの真っ最中でした。
店名に『旬菜炭焼き炙り たのくら』とあるように、炭火調理がアクセントのお店。備長炭の炎をうまく調整して旬の魚や肉、野菜を炙って出してくれます。
口べたなほうなんで…と言いながらも「心斎橋に大好きなお店があるんです。50代の渋いマスターがひとりで切り盛りしている…」と忙しい手を止めることなく、ポツポツ話をしてくださる倉川さん。
詳しく聞いてみると、若かりし20代の頃、洋食店で修行している頃に、そのお店にバイトで来ていた女性(のちの奥様)とデートで初めて訪れて以来、気に入って、足繁く通うようになったお店があり、30代になってからはいつかその店をお手本に独立したいと思うようになったといいます。とはいえ、若い頃は、まさか自分がこんな渋い雰囲気の炭焼きの和食の店をやりたいと思うようになるとは思ってもみなかったそうで。
洋食の後は、当時流行った創作和 食の店も経験。さまざまな調理法や味を巡ったうえでたどり着いたのが、炭炙りの肴が旨く、お酒との相性もしっかり楽しめるこのスタイルだったそうです。
まさにご自身の趣向も腕前も、タイミングも熟して、今、という5年前に独立を果たし、また独立を機に、結婚もされたと聞けば、人生の中盤戦、いよいよ盛り上がってきた感じ!もしや奥様は女将としてお店に…と尋ねたところ「最初は手伝ってもらってましたが、今は彼女、別の仕事で忙しいんですよ」という返事。
実は奥様、倉川さんと出会った頃は、動物の医療にたずさわりたいという夢をもって専門学校で学ぶ学生さんでして。その後、動物の看護士の資格とトリマーの資格もとり、今はその仕事で多忙な日々を送っているのだそう。
なかなか顔をあわす時間はないけれど、休みの日に恋人時代同様、仲良く食べ歩きを楽しんでいるのが、夫婦円満の秘訣の様子。夢に向かって揃って着実にステップアップされてきているふたりの歴史、素敵だなぁと思います。
と、厨房から飛び出てきてカウンターに座り、おもむろに筆ペンでサラサラ。手描きメニューの仕上げです。「毎日、その時期、ずっと走ってる料理(売れてい る、出ているの意味)は前の晩に書いておいて、当日の朝、仕入れてきた魚や旬の野菜を見て考えた料理を、開店前に書き加えるんです。
見せてもらうと、特におすすめ料理には、習字で先生が使う朱色でチェックが入っています。苦手なんですけど、しゃあなく書いてますとおっしゃいますが、食材の活きの良さが漢字のハネに現れていてなんとも食欲をそそる文字です。
「とにかく納得したものを使いたいので、自分の足で、野菜も肉も買い集めてきてます。5年も毎日通っていると魚屋さんが僕が喜びそうなヤツを置いといてくれるようになって、助かってますわ。
お酒も自分が好きな日本酒と焼酎を中心に用意しています。料理にあわせて、あれこれ飲んでほしいから、どれも1杯500円と気軽に飲める価格に設定しています」。
ご自身が好きな「食べ方、飲み方」をベースに、同じようにお客様が喜んでくれれば、それが一番。そのポリシーでずっと今までやってきて「魚の美味しいお店」「楽しく飲めるお店」という印象が定着しだしたのが、嬉しいですね、とはにかみ笑顔。
さぁ16時50分、腰痛防止ベルトをさらしのように巻いて、コック服を着込み、いよいよ本日も開店です。